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“ぼくのなつやすみ”はもういらない SCENE4 

ー “コドモたち”の風景 ー

私は最近、コドモがコドモでなくなるプロセスを目の当たりにしたことがある。成長と共に幼さが抜けてゆくのではない。自分ではどうすることも出来ない世の中の不条理にやられて、その子はコドモで居られなくなっていった。

いつからこんなに“枯れた”子供が増えたのだろう。
くたびれた大人達と同じ様な目をした子供が増えたのだろう。

“あたりはばからずはしゃぐ”
“くだらないことをしゃべりまくる”
どれも普通のコドモがあたりまえに持っている習性、ある意味コドモの仕事だ。しかし、これらは公共の場において“迷惑”に該当する。極端な事を言えば赤ん坊ですら、その泣き声はこの社会では忌み嫌われる迷惑行為だ。自分ではどうすることも出来ないというのに。
「……静かにしなさい。」
そんな時親は、周囲の批判の視線に、そう子供を諭すしかないのだ。

仕方がない。現状がそういう仕組みになっているのだから。正しくない事だと判っていても、それにあらがっても幸せになれない。そんな話は世の中腐るほどある。そしてその狭間で、自分では理解する事も出来ないまま、静かにコドモゴコロは死んでゆくのだ。
甘いお菓子や楽しげなオモチャはたんまりある。でも、この社会の本質は、つくづくコドモに優しくない。

最近、思いきりはしゃぐコドモたちをほとんど見かけなくなった。


「……う~ん、う~ん 」
「…………どわあああああ!アッチイイイイ!」
午前八時、凶暴極まりない真夏の太陽は、その威力を遺憾なく発揮し始め、行き倒れも同然の酔いどれ二人を容赦なく焦がした。脳の99%を眠らせたまま、本能のみで灼熱地獄と化した寝袋を脱出し、フラクタル曲線を描きながら木陰を探し当て、そのまま トサリ と倒れ込む。相棒はその気力すら残っていないのか、相変わらず炎天下の寝袋でう~んう~んと唸っている。
ヤナギの幼木が作る木陰は頼りないものだったが、日なたに比べれば天国に等しい。再びシアワセな眠りに今まさに落ちんとす、というところで、まあやのムキダシコドモ声が1.5khz18dbフルブーストで私の脳髄を引っ掻き回した。
「ねえ、おなかすいたー!あさごはんわあ?」
「…………」
「ねえ、おきてよお。おなかすいたってばあ!」
「……ヒトちがいです。ワタシはくらげちゃんではありません。」
「ちがわないもん。ねえ、お・き・ろー!」
「…………ぐー、すぴー。」
しらばっくれる私をぐわんぐわんとユスル。もうだめだ。
「だあーっ!メシか?メシを食いたいとゆーのだなあっ、この欠食児童めが!安心せえぃ!もーほとんどできあがっとるわあっ!」
「わあー、おきたあ。ごはんだあ。」
そうなのだ。食材から調理法まで、今回食事の全権を担っているのはなんと私なのだ。したがって私が起きない事には何も食えない。
今朝の献立は豚汁うどん。健気なことに私と相棒は、ゆうべ、というより今朝、こうなる事を予想して泥酔状態の体に鞭打ち、豚汁の仕込みを済ませておいたのだ。コドモたちが居なければ決してあり得ない働きっぷりだ。バカ旅人どもも、やるときはやるのだ。
とはいえ、ヤケクソで起きたはいいが、二時間ほどの睡眠では、どうにも健全な人間とは程遠い。ゆうべの焚火の夢でも見ているのだろうか、シアワセの極みといった表情でスヤスヤと眠るせーやに、思い切り酒臭い息を「かあーっ!」っと浴びせかけ、いまだう~んう~んと唸っている相棒を「いつまでやっとんねんメシだよメシ!」と蹴り起こす。最終日の朝は、いささかササクレ立った気配を孕ませつつ、ダラダラと始まった。
朝食の味は申し分なかったが、夏の炎天下、しかもたっぷりと酒が残る体に、これほどふさわしくない食い物もない。メニューを考えた自分を呪いつつ、碗を前にゲンナリとへこたれていると、立て続けに賑やかな声が弾んだ。
「おかわりっ!」
ホント、コドモは強い。

食後、食器洗いの命を受けコドモたちと川へ向かう。
「いーい?ぬらしたらもう着替え無いからね!」
すかさず背後でキビシイ母の声が炸裂する。一昨日、まあやは沢で転び、パンツをぬらしてお目玉を喰らったばかりだ。
「おかーさん、すーぐおこるんだからもー。」
ぷりぷりとふくれながらナベをぶんぶん振り回し、やっぱりおもちゃみたいな足取りで川へと突進してゆく。
川の本流は意外なほど浅く、子供の膝下くらいしかなかった。水は冷たかったが、どこかやさしげで心地く、ここが里の川であることを教えてくれる。対岸には森が川岸まで迫り、その下は葦が茂る淵になっていた。
「むむっ!?」
葦の茂みは、魚の絶好の住み処だ。川育ちの私は黙っていられない。錆びついていた川っ子の血が騒ぎだす。隣でせーやも、同じ場所を熱心に見つめていた。
「いくか?」
「うん!」
久々の軽快な反応だ。しかし水温が低すぎるのか、目指す葦の茂みには小魚一匹いなかった。それでも網がわりのナベに入るヤゴやゲラなどの水棲昆虫に、せーやは夢中で見入った。
「うわー、コイツらなに?」
「トンボやカゲロウの幼虫。これが大人んなると空飛ぶの。」
「そうなん?スゲエ!」
「見たことないの?」
「うん。はじめて見た。スッゲエなあ。」
私達の時代には知らぬ者の居ない、コドモの一般常識だったはずだ。
そうか。彼の暮らす街に流れる川 ー 私を育てた同郷の川 ー は、もはやコドモを育てない、ただのコンクリートの水路になっちまったんだっけ。それにしても学校の理科の時間は、こんなご時世、なにを教えるのだろう?

その後コドモたちは、食器洗いの任務のことなどすっかり忘れ、意味もなく石を投げまくり、ナベの船を何度も流し、ペットボトルで潜水艦を作り、様々なアソビを次々と開発していった。
「おかあさんもよぼーよ。」
唐突にまあやが言う。
「そーだな。でも大声で呼ばなきゃ聞こえないよ。」
「なんてさけぼっかな?」
「ふつーにおかーさーん、じゃ、だめなの?」
「だめ。んーとんーと、なんにしよっかな……」
「おかーさんのおこりんぼお、わ?」
「やだ。んーとんーと………

 おかーさんわらってえーっ!」


堰堤によってできた小さな滝で、おもむろに頭を濡らす。散々太陽に焼かれ火照った髪に、心地よい冷たさが染み渡る。
「んわ~!きっもちいい~!」
もうこうなると、血が黙っていない。服のまま浅瀬に腰を下ろし、伸ばした足でバシャバシャと水を蹴る。ふと気付くと、隣でコドモたち二人は私に、羨望の眼差しを送っている。
「……はいっちゃえよ。いーじゃんぬれても。」
二人はおそるおそる母の顔を窺う。彼女は“まったくもう”といった視線を私に投げながらも、
「いいよ。思いっきりぬれな。」
と、どこかホッとしたような笑顔でコドモたちを許した。

「やった!」

その瞬間、二人のリミッターが音を立てて外れたのが判った。

はじけるように川に飛び込むせーや。
思う存分パンツをぬらすまあや。
一線を越えてしまえば、もう怖いものなどなにも無い。三人でバッシャバッシャと水を掛けまくり、全身ずぶぬれになると、長髪の私は貞子と化してまあやに襲いかかる。けたたましい悲鳴でヨロコビ逃げ惑うまあや。お次はコンビニ袋で水爆弾戦争が勃発だ。いきなりせーやの先制攻撃を受けた私は怒り、逃げる彼を鬼の形相で追い回す。300mあまりの執拗な追跡でついに追いつめると、観念した彼はすっかりカラになってしまった袋を奪い取り、汲んだ水を自らの頭に立て続けにぶちまけながら絶叫した。

「うわあーっ!たのしいーっ!」

押さえていたコドモゴコロがついにはみだした。
その笑顔には、八ヶ月前に見たギラギラが、あの時以上のチカラ強さでほとばしっていた。


純度100%の青空の下、河童と化して遊ぶコドモたち。
悠然と弧を描く鳶の声
飛来するアキアカネの群れ
熱い風
冷えた麦茶
入道雲
蝉時雨

それは私の思い描く夏の終わりの原風景そのものだった。
遠い昔になくしたはずの一場面。
それともそれは、心の中で勝手に描き出した理想の風景だったか。

“ぼくのなつやすみ”は、もういらない。

主人公のコドモたちは、ポリゴンで描かれたCGなんかじゃないし、
風も水も光も、すべてこの手で掴むことが出来る。


みずあそびの午後はいつだって、
鼻の奥に残る鉄の匂いと、
心地よい皮膚の気だるさの中で暮れてゆく。
しだいに白くかすんでゆく景色の中、
この時間が永遠に続けばいいと願いながら。

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