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“ぼくのなつやすみ”はもういらない SCENE3 

ー 信濃大町近郊 高瀬川中流域 “せーや”の風景 ー

十一歳。
彼くらいの歳になると、自分を取り巻く環境、自分の置かれた立場、そして自分自身、様々なものが朧げに見え始めてくる。
“せーや”の変化も、そういった事と無関係ではないはずだ。


八ヶ月前初めて会った時、彼はよく澄んで黒々とした瞳を屈託のない笑顔の中でくるくると動かしながら、私を頭のてっぺんからからつま先まで隈無く観察した。恐らく彼は母に、昔のバカ旅仲間である私の奇行の数々を散々聞かされていたのだろう。その視線は、珍しい生き物を見る時のように“ナンダナンダ?”と好奇心を剥き出しにして、ねばっこく、かつ最大級の親しみを込めて絡みついてきた。
最近、“最大級の親しみ”といった気配より“最大級の警戒心”を張ってコチラの様子を恐る恐る伺う子供が多いので、彼が私の最年少の友人になるまで、極々僅かな時間しか必要としなかった。

翌日、私達は氷点下18℃の厳寒のテントの中に居た。装備も完璧、さほど山深くない場所で一泊のみとはいえ、強力に苛酷な旅であることに変わりはない。フォローには鉄壁の自信があったが、まったくの異世界と言っていい氷点下の野外生活が、果たして彼らの幼い精神にどのような影響を与えるのか、想像すらつかなかった。
しかし彼はこの旅を“クラスメート達はまず体験することの無いであろう冒険”として捉え、どんな状況下でも思いきり楽しんだ。その驚くべき順応力に我々大人は、
「やっぱコドモってスゲエや。」
と、呆れて呟くしかなかった。
彼は大人たちのバカ昔話にも、
「ねえねえ、むかしっからそんなバカなことしてたん?」
と、チカラ強い介入を図り、
我々はせーや主催深夜一時の大シリトリ大会に、
「なに“す”?ま~た“す”かヨォ。すぅーすぅー……“す”ねぇ…
 ……エート、エート………スカンジナビアオオハシブトガラス。」
などと答えて応戦した。

ムキダシのコドモゴコロは、
吹雪の真夜中に、よく食べ、よく寝、そしてギラギラと笑った。


ー その笑顔に若干の翳りが見え始めたような気がする ー
子供たちが寝ているテントを抜け出し、月夜に照らされた誰もいない草原で酒を酌み交わしながら、相棒と私は、今の彼に対し同じ印象を持っている事を知った。八ヶ月前とは確かに何かが変わっている。相変わらずよく笑う。しかし、喘ぎながら坂を這い登る不健康中年達をその新品小型軽量高出力の心臓でかるく置き去りにしても、頂上の小屋で心待ちにしていたソフトクリームを食べても、その笑顔にかつてのようなギラギラはない。話し掛けても「うん。まあね。」などと曖昧に答えて俯く事が多くなった。
「なんかさぁ、せーや、最近悩みでもあるんじゃねーの?思春期?」
夜更け、我々の酒宴に参戦してきた母に、私は無遠慮にそう切り出した。決して強気を崩すことの無い彼女が、少しだけ悲しげな笑みを浮かべた事を月明かりは決して見逃さなかった。
「イヤ、あたしがワルいの。
……イライラってさあ、子供に伝染るんだよねぇ。」

(……!ヤベ。これオレたちの立ち入るべきハナシじゃねえな。)
瞬間的に聞いた事を後悔しつつも、こんな時返すべき適切な言葉が見つからない。反射的に、
「……そっか。」
とだけ間抜けに呟いて黙り込む。
そしてタバコ一本分の沈黙。

「………まあ、……しょーがねーよ。」
そう言って相棒は残っていた酒を飲み干し、ゴロリと寝袋にもぐり込んだ。


翌日、我々は空が広く眺めの良い山麓の河原に根城を移した。ここでのメインイベントは焚火。この辺の河原は護岸工事が施されておらず、大量の乾いた流木が「さあどうぞ燃やしてください!」とばかりに転がっている。我々偏執的焚火愛好家にとっては天国のような場所だ。豊かな夜を約束されたも同然の状況に、我々大人の顔は自然とニヤケるが、果たして子供達はどのような反応を示すのだろうか……。

まあやは数時間で飽きた。しかしその夜せーやは唐突になにかに目覚め、深夜までひたすら火を燃やし続けた。我々の問い掛けにもほとんど答えず、無言で焔を見つめながら。それまで、どちらかというと集中力に欠け気味だったのだが、その時ばかりは単調な作業に深く静かに没頭していった。
とはいえ、焚火を長時間安定維持させるのは、実はかなりコツが要る。初めのうちは炎が弱まると私達が手助けをしていたのだが、彼はそのコツを見様見まねで覚え、最終的に自在に火勢を操るまでに上達した。
やがてその顔は、いつも我々が無心で焔に対峙している時と同じような表情になり、揺れる後ろ姿からは、達人の佇まいすら漂わせはじめた。そして頭上には零れ落ちそうな満月。さらに困ったことに背景はススキ野原。もう非の打ち所の無い、王道侘び寂的風景だ。しかし、その構図の核を成しているのは、あろうことか“半ズボンの小学生”なのだ。この冗談のような光景に、タバコをくわえたままあっけにとられていると、彼は突然振り向き“ヌッ”と薪を指し出し、我々のタバコに無言で火を付けてくれるのである。そして再び無言で焚火に振り返り、暫くするとふと思い出したように薪をくべてゆくのだ。
一連の行為に相棒と二人、冗談でなく後にひっくり返った。
「マイッタ。こりゃスゲエ。こーゆー状況ってアリ?」
「みたコトもきーたコトもねえ。」
「コイツ、ホントしょーがくせいだよな?」
「ああ。」
「これって、教育上よろしいコトなんだろーか?」
「さあ?」

よろしい訳が無い。どこの世に夜中まで焚火をくべ、無言で大人のタバコに火を差し出す小学生がいるというのだ。明らかに健全な小学生の行為ではない。保護監督責任者である我々の常識を疑われてもしかたがない。
しかし、学校で家庭で、正しい小学生を演じている子供達より、今の彼の方が遥かに正しい“コドモ”の姿に思えるのはなぜだろう。
ギラギラの笑顔がなくなっても、この風景の中の彼ならまだ大丈夫と無根拠に思えるのはなぜだろう。
寝ころんだまま彼に聞いてみる。
「なあ、せーや、焚火、オモシロイ?」
「うん。………オモシロイよ。」
「……なんでず~っと見てんの?」
「………火って生きモンみたいでスゲエから。」

ああ、大丈夫だ。彼の“コドモゴコロ”はまだ死んでいない。

少しシュールで可笑しくて、でもやっぱり切なく美しいその風景は、二人の酒をかつてないほどの旨酒に変えた。
そして午前二時、さしもの焚火少年もついに力尽き、糸の切れた操り人形となってテントに放り込まれたのだった。


「なあ?」
「ん?」
「子供からさあ、アブナイからってナイフとかライターとか隠しちゃうのってヨクナイと思わん?」
「……たしかにな。」
「ワシね、ガキの頃オヤジの彫刻刀イタズラしてて思いっきりユビ 切ってさ、それまで見たこともない真っ赤な血がドピューってふきだして……結局細めの動脈切っちゃったんだけどさ、それで、もータダゴトでないキョ~レツな激痛にのたうち回りながらもね、ああなんてキレイなんだろう、ヒトってこーゆーのがカラダん中流れて生きてるんだあ…って、なにやらこう…フシギな感動を憶えたね。」
「そーゆーケガって、オレらガキの頃なにかしらやってたよな。」
「今さ、いきなり人刺しちゃうヤツって多いじゃん?ひょっとしてそいつら、そーゆー痛みとか経験したことねーんじゃないの?」
「コドモにはいつもナイフを持たせるべし!」
「同時に責任も持たせるべし!」
「コドモのうちはどばどば指切るべし!」
「あいね。でもホント、ある程度は必要だと思うなあ。……な~んて今は言えるケドさ、ジッサイ親になってみたら、やっぱそーは思えなくなっちゃうんだろーか?ゼッタイ我が子にはキズひとつ付けさせないぞおっ!って、おとーちゃんがんばっちゃうのかねぇ。」
「……どーなんだろ。そりゃなってみないとわかんねーわなあ。
……て~か、こんなことしてて親になれんだろうか?ワシら?」
「ムリ。……でもやっぱ、アブナイから隠しましょーじゃ、なにも学べないと思うんだよね。大人が教える事放棄したら終わりだよ。それに今日せーやが焚火覚えたよーにさ、コドモってほっといても失敗したりイタイ目にあいながら覚えてくじゃん?そーゆー経験ってスゴーク大事な事だと思うんだよね。おお、いーことゆっとるなあワシ。」
「でもそーゆーのって、今の世の中誰が教えんの?親?学校?」

「……オレたちみたいなバカ、かな。……うおおおおかっこええ!」
「……ほんとバカだなオマエ。」


せーやが残した焚火はやがて最高の熾き火となり、
西の山々に沈みつつある白い月と共に、
しだいに崩れてゆく二人の酔話に静かに付き合い続けた。

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